学校法人名古屋大原学園 教育基本法(改正試案)
学校法人名古屋大原学園が作成した改正試案です
教育は「どのレベルの国民を育て、どのレベルの国家を造るか」という国家百年の大事業です。この基本方針が教育基本法です。名古屋大原学園では次のような教育基本法の試案を作成しました。皆様の教育改革論議の叩き台になればと思い掲載させて頂きます。
改正試案
- 第一章 総則
- 第一条(教育の原点)
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我々人間は、自然の摂理により自然人としての一つの命を与えられ、この命をもとに個人の能力を育み、自分の意志と責任により自由に行動し、可能な限り束縛の無い豊かな個人生活を過ごしたいと願う。
しかしこのような個人も同時代の人々との関係からみれば、家族の一人、社会や国家の一人、国際社会の一人であるから、我々は「横社会を形成する一員」である。また過去・現在・未来の人々との関係からみれば、人間種族の命の流れを持続する貴重な生命因子であり、文明を現代から未来に伝える担い手でもあるから、「縦社会を形成する一員」でもある。
個人と社会の両面から考えれば、一人一人の能力と品性が集大成して、社会の発展の原動力や秩序の確立となる。よって教育の原点は、「自由で豊かな人生を歩むことのできる個人能力の育成」及び「自らも社会を支えるという形成者意識の育成」の二点に置かなければならない。
- 第二条(教育基本法の必要性と育てるべき個人と法人のレベル)
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日本国憲法(以下「憲法」という。)は、個人の尊厳のもとに基本的人権を認め、社会秩序のために人権を保持する努力と濫用する戒めを定め、国際社会での武力行使を放棄し、これにより自由で豊かな国民生活の確立と平和で秩序ある国家の建設を掲げている。
この理想を実現するには、教育の力により社会を支える健全な個人を永続的に輩出する必要がある。そのためには「如何なる水準の能力と品位を備えた個人を育成するか」という教育ロマンを掲げ、これを全国民の明確な意志として教育基本法に制定し、国民が自己教育により自らを高めると共に一致協力して未来を担う若者の育成を心掛けなければならない。
2、我国では自然人としての個人のみならず、一定の条件のもとで法人格を認め、多くの権利と義務を与え経済活動その他の活動を容認している。その結果、これらの法人活動が広く個人の幸せや社会秩序の形成に多大な影響を及ぼすに至っている。
憲法に掲げる理想社会の実現には、個人の育成と同様に健全な法人の永続的な育成も重要である。このためには「如何なる水準の能力と品位を備えた法人を育成するか」という法人教育のロマンを掲げ、これを全国民から法人への明確な意志として教育基本法に制定し、法人が自己教育により自らを高めると共に全国民が一致協力し健全な法人の育成を心掛けなければならない。
- 第三条(個人及び法人に対する教育の目的)
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この法律における個人に対する教育の目的は、次に掲げる各能力を総合的に身に付けた国民の育成にある。
一、国民の一人として自らの意志と責任で個人生活の充実を可能にするために、精神的にも経済的にも独立できる能力(独立生計能力の養成)
二、社会の形成者として支え合う喜びに感謝し、この感謝の裏返しとして生ずる報恩感情により喜んで社会に貢献できる能力(社会貢献能力の養成)
三、社会の形成者として環境と平和を守るために、進んで社会の正義を愛し不正を是正できる能力(社会正義感の養成)
四、社会の形成者として世界の人々と親しく交流するために、進んで国際平和に貢献できる能力(国際貢献能力の養成)
2、この法律における法人に対する教育の目的は、次に掲げる各能力を総合的に備えた健全な法人の育成にある。
一、社会の一法人として自らの意志と責任で設立目的を達成するために、独立した運営のできる能力(独立運営能力の養成)
二、社会の形成法人として支え合いながら存在することを自覚し、広く社会に貢献できる能力(社会貢献能力の養成)
三、社会の形成法人として環境と平和を守るために、進んで正義を愛し不正を是正できる能力(社会正義感の養成)
四、社会の形成法人として世界の人々と親しく交流するために、国際平和に貢献できる能力(国際貢献能力の養成)
- 第四条 (教育当事者の心構え)
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教育は、単に学校教育のみではなく、必要に応じて家庭、職場その他あらゆる場所であらゆる年齢層の間において行なわれなければならない。よって一人一人が時には教育を施す立場になり時には施される立場になることから、立場に応じて教える情熱と教わる謙虚さを保ち、互いに節度と真剣さのある教育を心掛けなければならない。
2.前項において教育を施す立場の者は、知識や技術の教授はもとより、これらを活用する者にとって必要となる人格的な向上にも意を注がなければならない。
3、第一項において教育を施される立場の者は、知識や技術の発展に貢献した過去社会の先人達に感謝し、それらを自らの生活のみならず現在社会に広く活用し発展させ、更に未来社会に伝承することを心掛けなければならない。
- 第二章 学校教育
- 第五条(学校教育)
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法律に定める学校教育(以下「学校教育」という。)は、憲法第二十六条第二項の義務教育と義務教育以外の任意の学校教育に区別する。
- 第六条(学校の設置者とその学校の教員)
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学校教育は、若年層を中心に国民の集団教育を施すことから、国の未来に関わる公の性質を有するものである。よって学校教育を行なう学校の設置者は、国又は地方公共団体(法律に定める特殊法人を含む。)及び法律に定める学校法人に限定し、法律に別段の定めのある場合を除いて、これら以外の者は行なってはならない。
2、学校法人の設置する学校においては、法律に別段の定めのある場合を除いて、広く私学教育の思想と良心が発揮できるように、自主的な運営が認められなければならない。
3、前項の場合において、国又は地方公共団体は、学校法人の設置する学校の公益性を考慮して積極的にその運営の援助を行なわなくてはならない。
4、第一項の学校の教員は、国の未来を担う若者を教育する使命を自覚し、自己の学識と品格を鍛え、互いに協力し情熱をもって教育に当たらなければならない。
- 第七条(基本的人権と学校教育の関係)
- 学校教育においては、憲法第十一条乃至第十三条の基本的人権が尊重され、学校の生徒の間及び教師と生徒の間においてこれらを侵害してはならない。また第六条の学校の設置者は、これらが侵害されないように学校の集団秩序と平和的な環境を維持しなければならない。
2、学校教育においては、憲法第十四条第一項の平等性が尊重され、特別の支障の無い限りその能力に応じて広く教育の機会が与えられ、人種・信条・性別・身分・その他その者の立場によって差別されてはならない。
3、学校教育においては、憲法第十九条及び第二十条の自由が尊重され、特別の支障の無い限り健全な思想及び良心の自由と健全な信教の自由を侵してはならない。
- 第八条(義務教育)
- 第五条の義務教育を行なう学校は、少なくとも日本国民として自らの意志と責任により個人生活を営み、憲法に規定する最低限の権利と義務を履行できる水準を目指して、広く第三条第一項各号の能力の育成を行なわなければならない。
2、前項の義務教育期間は、法律に別段の定めのある場合を除いて九年とする。
- 第九条(義務教育以外の任意の学校教育)
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- 第五条の義務教育以外の任意の学校教育は、義務教育の前に教育を希望する者又はその後に更に教育を希望する者に対し一定の入学許可を与え、その学校の教育目的に応じた能力の育成を行なわなければならない。
- 第三章 家庭教育・地域教育
- 第十条(家庭教育)
- 家庭教育は、子供の人間形成に多大な影響を与えるものである。よって両親を始めとする家庭を構成する一人一人は、愛和な家庭生活を心掛け、その生活を通して健全な子供を育てる教育責任を果たさなければならない。
- 第十一条(地域住民の関心)
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前条の家庭教育に地域住民の理解と協力が加わればより大きな教育成果が期待できることから、近隣住民の一人一人が必要に応じて地域の子供の教育に関心を持たなければならない。
- 第四章 職場教育
- 第十二条(法人の職場教育)
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法人の中でも特に自由経済社会での営利法人は、結果としての利益獲得高が法人の正義の尺度になりがちであるから、その活動が国民の幸せや社会秩序の形成に多大な影響を及ぼすことを留意し、絶えず自らの経営姿勢の品位向上とその関係者の資質向上を図るために、職場教育をおろそかにしてはならない。
- 第十三条(職場教育に対する国民の関心)
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国民は、法人活動の影響の大きさを意識し、前条の法人の職場教育に積極的に関心を持たなければならない。
- 第五章 生涯教育
- 第十四条(職業人のリフレッシュ教育)
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個人が社会に適合する職業能力を生涯にわたり維持することは、中高齢化社会での個人の経済的な独立と社会全体の労働力の適性配置から極めて重要であるから、必要に応じて国民は自ら進んで職業能力のリフレッシュを心掛けなければならない。
2、国及び地方公共団体は、職業教育を行なう法律に定める学校その他機関と協力し、必要において積極的に教育環境を整備し、国民の職業能力のリフレッシュに協力しなければならない。
- 第十五条(その他の生涯教育)
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個人が教養を高めることは、その個人の人生の豊かさを実現し、社会全般の教養品位の向上にもなることから、国民は自ら進んで教養の向上を心掛けなければならない。
2、国及び地方公共団体は、必要に応じて前項の教養を高めるのための教育を奨励し、広く国民の教養の向上を図らなければならない。
- 第六章 政治宗教教育
- 第十六条(政治教育と宗教教育)
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健全な個人として必要な政治的教養及び宗教的教養は、学校教育において尊重されなければならない。
2、学校教育においては、特定の政党に関する政治教育その他政治的活動をしてはならない。
3、国又は地方公共団体(法律に定める特殊法人を含む)が設置する学校の学校教育においては、特定の宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。
- 第七章 教育行政
- 第十七条(教育行政)
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この法律による教育成果は、日本国民及び日本国の永続的な人的財産となるものであるから、教育行政はこの成果の実現のために次の各号の配慮を心掛けなければならない。
一、国民の教育成果を上げるために教育に必要な諸条件の整備確立を行なうこと。
二、国民の教育の独立性を保持するために教育に対する不当な支配を排除すること。
2、国及び地方公共団体は、この法律による国民の教育成果を著しく減殺させる恐れのある行為を行なう者がある場合には、法律に定めるところにより、その行為の自粛勧告又は禁止命令をすることができる。
- 第八章 補則
- 第十八条(補則)
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この法律に掲げる諸条項を実施するために必要ある場合には、政令により定めなければならない。
教育基本法(試案)の解説
平成18年12月16日、国会において「改正教育基本法」が成立しました。ここに掲載している改正試案は「改正前の旧法」を対象にしていますので、以下の記述のうち「現行法」を「旧法」と読み替えてご覧ください。
- (はじめに)
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1.以下の解説において、現行の教育基本法を「現行法」といい、今回の教育基本法の試案を「試案法」という。
2.全文を八章(総則、学校教育、家庭教育、職場教育、生涯教育、政治宗教教育、教育行政、補則)に区分し、読み易さを向上させた。
3.教育基本法は、国の教育全般に関する憲法のような位置付けの法律であるので、単に最低限の条文表現とするのでなく、国として取るべき教育の姿勢やその背景となる立法趣旨も示して、国民が深くこの法律を理解できるような表現に意を注いだ。今後改正される憲法や各種基本法の条文表現においては、この姿勢が大切であると考える。
- 第一章 総則
- 第一条(教育の原点)
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1.現行法の第一条には、「教育は、・・心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」とあるが、教育は万能ではない。現行法のこの部分では、教育が人間育成のオールマイティーのような表現がされているが、この点について若干の是正をした。試案法では、人間の能力を「教育以前の先天的な能力」と「教育により育成できる能力」に分けて、教育の対象を後者の能力のみと考えた。よって現行法の「心身ともに健康な国民の育成」という総合的な表現から、「個人能力の育成」と「形成者意識の育成」という表現にして範囲を限定にした。
2.「個人能力の育成」がなぜ必要かといえば、国民が互いに自立し可能な限り弱者を出さないためである。自立する能力は、個人の豊かさを実現するための基本的な能力であるが、社会や国にとっても弱者を出さないという点から極めて大切である。社会の核になる一人一人が経済的にも精神的にも自立できる能力がなければ、依頼心の強い国民が増える。頼る者が多くなれば頼られる者の負担も増え、国及び地方公共団体の財政負担も増大する。親父の脛をかじる子供も独り立ちするように、国民も個人能力を養い弱者にならない努力が必要である。
このことは憲法第十二条にも明記されており、「この憲法が保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」とある。国民の不断の努力を教育に関して考えてみれば、順次生まれてくるその時々の国民を一人前に自立させることである。どんなに社会保障制度が確立しようが、弱者でない大衆の多くが、自らの生活を自らの力で維持しようとする自立心がなければ、個人の幸せも国の永続性も保たれない。以上の点から「自由で豊かな人生を歩むことができる個人能力の育成」という表現とした。
3.「形成者意識の育成」については、どのように改正するかというよりも、改正後にこの意識を育てようとする国民のコンセンサスが生まれるかどうかに懸かっている。
現行法第一条には、「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、・・」という表現がある。実は今回の教育基本法の改訂論議は、どうもこの形成者意識の育成に端を発している背景がある。現行法に社会の形成者意識や社会貢献意識を啓蒙する条項が少ないから、我が侭な国民が増えてしまった。だからこの点を改正したいという意見である。
この意見はどうも短路的な発想である。教育関係者や行政当局が戦後六十年間にわたって、この形成者意識の育成が明記されているにもかかわらず何ら啓蒙せず、知識偏重教育や受験教育に奔走してきたのは紛れもない事実である。この点を謙虚に反省して改正案の作成に着手しなければ、どんなに立派な教育基本法を作成しても同様の失敗を招く恐れがある。
4.実は憲法第十二条の後半にも「国民は、これ(憲法が国民に保障する自由及び権利)を濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う」と明記されている。これは国民の基本的人権の濫用を戒め、自らの人権も社会のために活用せよとする社会貢献の義務規定であり、形成者意識に繋がるものである。
自由と権利の主張は、自己の損得に直接に関わることから、放っておいても自然に育つものである。どちらかといえば育ち過ぎる嫌いがあるから、形成者意識をしっかり育てなければ我が侭主義がはびこることになる。教育関係者ばかりの責任ではなく、どうも国民も永年にわたり憲法のこの義務規定や教育基本法の形成者意識の教育を疎かにしてきた傾向がある。よってこれらの反省を踏まえて、試案法では「自らも社会を支えるという形成者意識の育成」と表現し、これを教育の原点の一つとして掲げた。
5.試案法の第一条において、縦横社会の形成者の一員である旨を述べたのは、次の理由による。
教育基本法は国民教育の精神的支柱となる法律であるから、国民にその精神を深く理解してもらう必要がある。そのために「我々はどのような社会を形成する一員であるか」という説明を加えた。法律条文の簡潔表現という原則から逸脱しているが、この説明がなければ形成者の理解が難しいと考えて敢えて掲げた。具体的には、共に同時代を生きる横社会と歴史的な流れの縦社会という二つの社会の形成者であることを説明した。
6.横社会の一員については、家族・地域社会・国際社会の関係になるが、比較的同時代に生きる人々との横の繋がりであるから理解がし易い。憲法では第九条に国際平和の大切さを述べているものの、家庭や地域社会の在り方については同第二十四条以外には触れられていないことは残念である。また現行法でも家庭教育等について明確な規定がないので、これをカバーする意味で試案法の第十条(家庭教育)及び第十一条(地域住民の関心)を設けた。
7.縦社会の一員については、過去・現在・未来の関係となるが、現在社会は前述の横社会と重複する。まず過去社会との関係であるが、歴史的な事実に加えて先人達の役割と貢献を認識させる教育が必要である。過去の人達の働きがあるからこそ現在があることを理解させ、過去から現代に連なる社会の一員である自分を自覚させなければならない。また未来社会との関係では、現代の我々が未来に連なる社会の一員であることを自覚させ、後世の人々にどのような社会を伝承し残すかという責任を考えさせるが必要がある。
- (余談1)なぜ縦社会の形成者意識の育成が必要か。
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唐時代の詩人李白は、「天地は万物の逆旅(旅館)にして、光陰は百代の過客なり」といっている。我々現代人も万物の一員として、地球の旅館に泊る旅人である。旅の恥は掻き捨てというが、未来の子孫もこの地球の旅館に泊る。これらの子孫が、二十一世紀の旅人の品位をどのように評価するであろうか。李白のスケールの大きなこの詩は、その時代ごとの人類の責任を示唆している。
- (余談2)財政再建・やせ我慢・形成者教育の三つがなぜ関連するか。
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純粋な教育問題から若干外れるが、今後の我が国は、急速な高齢化社会の到来や莫大な財政赤字の問題を抱える。現在のように多くの国民や法人が自己責任を放棄し、国に救済を頼ろうとする姿勢は異常である。これからは国民の一人一人がある種のやせ我慢をしなければならない時代である。この意味からしても、社会を支えるという形成者意識とは、ある種の「やせ我慢ができる国民」を育成する教育でもある。
- (余談3)なぜ我が侭主義が蔓延し、社会貢献意識が衰退したか。
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現憲法が施行された時期は昭和二十二年の混乱期であり、個人や法人が社会に貢献する余裕もなかった。また国民心理の底流にも、社会貢献の強制は一歩間違えば戦前の全体主義や軍国主義の復活に繋がるという躊躇もあった。このような中で朝鮮戦争の特需をきっかけに五十年弱の経済成長の波に乗ることになり、以後個人も法人も稼ぎ出した金銭的な利益の大きさが、正義や社会的地位の尺度という風潮になり、ますます損得中心の我が侭主義が蔓延し、社会貢献意識が衰えた。
- 第二条(教育基本法の必要性と育てるべき個人と法人のレベル)
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1.ここでは新たに条項を設けて教育基本法の位置付けをはっきりさせた。憲法に掲げる理想社会を実現させるには、教育によりこれを支えることのできる国民及び法人を育成する必要性を述べ、この教育方針を法律にしたものが教育基本法であると定義し、憲法と教育基本法の関係を明確にした。
2.現行法では若年齢層の国民の教育を前提としているが、 試案法では年齢を問わず全国民自らの教育、未来を担う若者の教育、国民生活に影響のある法人教育の三つを掲げ、これらを教育基本法の対象領域とした。
3.法人に個人と同様に多くの権利と義務が与えられ、その経済活動が国民の幸せに大きな影響を及ぼすに至っているから、国民教育と同様に法人教育も必要と考えて、第二項に明記した。
法人には現在種々の監査制度があるが、これは法的な妥当性のチェックであり、積極的に健全な法人を育成しようとする試案法の姿勢と異なる。具体的にどのような法人教育をするかは、第二次試案以降で多くの方々に議論して頂きたい。
- 第三条(個人及び法人に対する教育の目的)
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1.先の解説にも触れたが、現行法第一条の教育目的には「教育は、・・心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」とあるが、抽象的な表現でしかも総合的な人物の育成をしようとしていることから、教育の狙いがもう一歩明確になっていない。
試案法での教育の目的は、完全無欠な人間を育成するものでもなく、また全国民を統一的な人物像に育成するものでもない。教育にもある種の限界があるとわきまえたうえで、国民や法人にとってどのような能力の育成が必要なのかを考え、限定的な項目として明記した。
2.試案法の個人に対する教育目的は、第一条(教育の原点)の「個人能力の育成」と「形成者意識の育成」を受けて、独立できる生活能力の養成、報恩精神から生まれる社会貢献能力の養成、環境と平和を守る社会正義感の養成、国際貢献能力の養成の四項目を設けた。
3.法人の育成目的も個人と同様であるが、法人の大部分を占める株式会社等は、その性格上から利益と効率の追求に走り勝ちであり、しかも組織で活動するために、社会に及ぼす影響度も個人と比較にならないほど大きい。過去において大規模な公害問題や倒産問題などはこの例であるから、法人は個人よりもはるかに大きな社会的な責任を自覚しなければならない。よって試案法における法人に対する教育目的は、健全な独立運営能力の養成を中心にし、他は個人と同じ社会貢献能力の養成、社会正義感の養成、国際貢献能力の養成を加え四項目とした。
- 第四条 (教育当事者の心構え)
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1.教育は、教える者と教わる者の両当事者の心構えによってその成果も大きく異なる。現行法ではこの点に触れていないので、新たに両教育当事者の基本的な心構えの条項として本条を追加した。
2.一つは、教育に当たっての節度と真剣さを保持する心掛けである。特に学校教育においてこの心掛けが衰えるとクラスの崩壊が生じ、しかも一度崩れると崩れた教育習慣を当然な状態と思って進級や進学をするから、次の段階の教育現場にも伝染する。これを防止するためには、両教育当事者のお互いの基本姿勢を明記する必要があると考えた。
3.もう一つは、近視眼的な小さな教育にしないという心掛けである。知識等の教授や吸収だけが教育ではなく、知識に相応しい人間的成長の教育も必要である。
教育を受けるということは、多くの先人達が築いた思想や知識技術の財産を受け継ぎ頂くことである。そしてこれを自分のためや自分が生きている社会のために活用するのであるから、ある種の有難さを感じ、更に発展させて未来社会に伝承するという義務もある。教育を施す者も施される者も、夫々の立場で教育における大きな社会的役割を自覚し、自らの教育観を大きくする必要があると考えて、これらの心構えを明記した。
- 第二章 学校教育
- 第五条(学校教育)
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1.現行法では、学校教育の範囲が明確でないので、新たに一条を設けて定義し、義務教育と義務教育以外の任意の学校教育に分類した。
- 第六条(学校の設置者とその学校の教員)
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1.教育によりどのような国民を育成するかということが、どのような国家を造るかということに繋がるから、学校を設置する者を限定せざるを得ない。教育は国家百年の事業といわれ、ある意味で外交や国防の外部防衛に対して長期的な内部防衛の意味もあるから、この限定もやむを得ない。
2.ただ設置者と共に学校の運営形態も考える必要がある。特に公立学校の特殊法人化と私立学校への直接的な補助体制については大きな変革が必要である。
3.多くの人々は公立学校の必要理由の一番に、私立学校と比較した場合の学費面の安さを掲げる。しかしこの見方は妥当ではない。財政負担を加味して両者を比較すれば、財政丸抱えの公立学校よりも私立学校の方が学校運営コストははるかに安い。特に少子化が進んだ中で私立学校の経営の真剣さに比較し、公立学校の改革と合理化が遅れている傾向が見受けられる。
4.今後の国の財政再建を考慮すると教育予算の聖域化も外さざるを得ない状況であるから、現在行政当局の進めている公立学校の大胆な統廃合を図り、更には今後の検討を経て存続公立学校の特殊法人化、独立採算制、民間人の導入などを図るべきである。
5.また現行の私学補助は原則として廃止し、義務教育以外の任意の学校教育を受けるすべての生徒に対しては、直接補助に切替えるべきである。特殊法人学校でも既存の私立学校でも学費は生徒の教育に応じた応分の負担とし、もし財政補助をするならば、生徒に対する直接的な補助とする。そうなれば公立も私立も同じ土俵での学校運営となり、学校間の教育競争が図られ、より一層の教育成果が期待できる。
6.生徒への直接的な学費補助を主張するもう一つの理由は、私立学校の独立性と大きな関係がある。現在の私立学校の運営は学費収入と公的な私学補助金によってなされている。この場合法規に従って行政庁から補助するのであるが、どうしても補助する側の統制思考が芽生え補助金と引換えに行政庁の意見が強まることになる。一方私立学校側も、補助金に頼りがちな安易な学校経営に慣れて、私学の独自性を発展させる意欲が薄れてくる。そして何時しか補助金を念頭においた学校運営となり、精神的にも経済的にも自主的な運営ができなくなっていく傾向が一部に見られる。
もし学費の直接補助が行なわれるならば、両者の関係は分断され、私立学校の教育の自主性が保たれ各校ごとの特徴が生かされた本来の私学教育が行なわれることになる。
7.また生徒にとっても学費の直接補助は、教育の機会均等面からのメリットがある。学費の補助は、特殊法人学校や私立学校の任意な選択幅を広げ、憲法第二十三条の学問の自由と同二十六条の教育権利の選択の可能性を拡大することにもなる。
- 第七条(基本的人権と学校教育の関係)
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1.学校のクラス社会は往々にして世間から隔離された閉鎖社会が築かれるから、この中でいじめ等が生じた場合には、生徒の基本的人権が侵害され悲惨な例に発展する。いじめ事件で子供を亡くした親の証言に「同級生や先輩が陰湿な暴力集団に変質したにもかかわらず、親として『休むな』という叱咤激励の一言で子供を学校に送出していた無念さがある。」とある。
この点について現行法では、二つの点が欠落している。一つは憲法で認められる生徒間又は教師と生徒間において相互の基本的人権の尊重規定と、もう一つは学校教育を行なう者の管理義務規定である。学校やクラスでの維持管理は教育の範疇と重複することから、教育成果の発現によりこれらを保とうとする傾向があり、しばしば対応が遅れて、基本的人権が侵害され被害が拡大する。学校という特殊な社会であっても他の者に危害を加えるなど常識を逸脱した行為には、世間一般の取締まり概念をもって積極的に対応すべきである。学校教育法の第五条、第十一条、第二十六条に部分的な管理規定が見受けられるが、これらの規定だけでは不充分である。
2.よって学ぶ者の基本的人権の尊重、集団秩序の維持、平和的な教育環境については、設置者による当然の管理義務とし、生徒間及び生徒と教師間についても互いの基本的人権の尊重義務として明記した。
3.第二項の教育の機会均等は、憲法第十四条を受けての規定であるが、現行法にも第三条で述べられているものである。
4.第三項の思想及び良心の自由と信教の自由は、憲法第十九条及び同第二十条を受けての規定であるが、現行法には見当たらないので明記した。
- 第八条(義務教育)
- 第九条(義務教育以外の任意の学校教育)
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1.義務教育と義務教育以外の任意教育については、強制教育の必要性と教育期間の妥当性からの検討が必要となる。
2.青少年時の義務教育であってもある種の自由を拘束する教育であるから、基本的人権との関係を考慮する必要がある。この点については憲法第十三条に公共の福祉のためには人権の制限を許容しているから、一般的には国民相互の自立と形成者意識の育成という公共性から義務教育の妥当性が考えられる。しかし今後の社会においてはこの拘束性の緩和が叫ばれる傾向がある。試案法では敢えてこの点には触れないで、憲法の関係から義務教育の必要理由を述べ、更に義務教育の到達目標点を明記するに留めた。
3.義務教育は、教育の内容と量・教育の期間・生徒側の理解度などから総合的に検討する必要がある。闇雲に教育内容を強化するだけでは、一歩間違えば思想統一を招き国の秩序は保たれるものの国民の個性と自由を傷付ける恐れもある。逆に甘くすれば最低限の権利と義務の履行ができない国民が増加し、国の秩序は混乱する。それ故にこのさじ加減が問題となる。教育期間については「国民として必要な能力を育成する期間」となるが、現行法第四条では一律九年間である。試案法では飛び級等を考慮して別段の定めを加えた九年とし、理解度の不足による期間の延長を考慮しなかった。
4.義務教育以外の学校教育については、希望しての入学者であることを明記した。これは就職回避のための入学者や遊び目的の入学者の増加に対して、学校側の姿勢を明確にするためである。
- 第三章 家庭教育・地域教育
- 第十条(家庭教育)
- 第十一条(地域住民の関心)
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1.憲法第二十四条では、家族関係における個人の尊厳と両性の平等を述べるに留まり、また現行法でも「家庭教育・・は、国及び地方公共団体によって奨励されなければならない」とのみ規定されているだけで、積極的な意味での家庭教育の役割には触れていない。戦前の家長制度の反動から避けられたものと推測するが、この六十年間に日本の国での家庭教育の有るべき姿が公に掲げられなかった点は、親としての国民、子としての国民にある種の混乱を招き、親子関係の希薄さや家庭生活の混乱を招いている。
2.家庭教育は、学校教育等の集団教育の基礎となる。家族の愛情は人間の情緒的な感情を育み、家族という最小の社会組織で形成者意識も育てるから大切である。
3.このような判断から、家庭教育と地域教育の条項を設けたが、これらの有るべき姿は個々の家庭や地域の環境により異なるから、具体的な教育目的を掲げずに、家庭教育や地域教育の重要性を明記するに留めた。
- 第四章 職場教育
- 第十二条(法人の職場教育)
- 第十三条(職場教育に対する国民の関心)
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1.憲法に掲げる理想社会を実現するためは、国民自らが健全な国民になる努力が必要なように、法人においても自らが健全な法人になる努力が必要である。
2.特に現代のような損得資本主義社会が高度に発達すると、営利法人の行為の善悪が、利益獲得額の多寡により決まるような錯覚に陥り、儲けるためには何でも許される風潮が生まれる。この風潮に歯止めを掛けるためには、法人自らが襟を正すための職場教育が必要となる。
3.試案法が教育基本法であるので、具体的な職場教育については言及できないが、国民が職場教育に関心を持つことにより、健全な法人の育成を促すことができる。このため第十三条に職場教育への国民の関心の必要性を明記した。
- 第十四条(職業人のリフレッシュ)
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1.六十才代の定年制の時代になって、青少年期の二十才前半までに習得した能力だけでは対応が難しくなってきている。時代変化の速さと高齢化社会の到来が原因であるが、この対応を誤ると国民全体の労働能力のミスマッチが生じ、国内総生産は落込み失業者が増大する。その結果、税収入は減少すると共に弱者としての失業者が増大し、この救済に莫大なコストがかかる。更に働けないことは経済的な独立心も損なわれるから、憲法二十七条の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」も根本から危うくなる。
2.この意味から、国民一人一人が自ら職業能力のリフレッシュを心掛け、国及び地方公共団体も職業教育の環境を整備する必要性があると考えて、新条項を設けた。
- 第十五条(その他の生涯教育)
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1.現行法第七条には「・・社会において行われる教育は、国及び地方公共団体によって奨励されなければならない」とのみ規定されており、国民が自ら進んで教養を向上する大切さが述べられていないのでこれを明記した。この場合あくまでも国民の自主的な向上心が主で、国等の行政の手助けは従であるとした。
2.また現行法第七条第二項は、国等の生涯教育(注・現行法では社会教育の表現を取る)の奨励策の例示として「図書館、博物館、公民館等の施設の設置」を揚げているが、『仏を造って魂を入れず』の箱物行政の典型として批判されているものが多い。各市町村に豪華な文化会館が建設され、地方行政の財政悪化の遠因になっている面もあるから、建物群の表示を削除し「教育を奨励・・」に改めた。
- 第六章 政治宗教教育
- 第十六条(政治宗教教育)
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1.政治教育及び宗教教育については、基本的には現行法を踏襲したが、試案法第一項には、「健全な個人として必要な宗教的教養」を政治的教養と同様に付け加えた。
- 第七章 教育行政
- 第十七条(教育行政)
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1.多くの方々に特に考えて頂きたいことがある。実は試案法の各条項は教育成果を上げるための方策である。しかし世の中には教育成果を相殺半減させる大きなマイナスの力が存在する。この力を適正に行政の力により制御しない限り、どんなに努力しても教育の成果は半減する。試案者としてはこの点を基本的な条項として本条に盛り込んでみたが、どのようなものであろうか。
具体的には、若年層に大きな影響を与える一部の低俗なマスメディア・携帯電話などがこの対象となる。ある意味では表現の自由に関わる問題であるので、どのように対処するかは慎重を要する。果たして教育基本法に含めるか、それとも業界規制法とするか、大いに議論して頂くことを提言したい。
- (現行法の削除項目の理由)
- 現行法第五条(男女共学)
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1.現行法の制定は、性別について厳しい考え方を示していた旧憲法の改訂直後であるから、男女共学を規定する必要があったものと推定する。しかし現代では敢えて規定する必要もないものと判断して削除した。男女差別に関しては、憲法第十四条及び試案法第七条第二項の性別において差別されないという規定で、充分にカバーされるものと思われる。
教育基本法に関する講演を承ります。
上記試案・解説を基にして「学園長:杉山孝男」が各種講演を承ります。講演依頼、ご意見、お問合せ等がございましたら「100万人の心の緑化作戦事務局 担当・長谷川 電話052-582-7733」までご連絡願います。
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